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Land for Next Generation.

伊藤大海のまちづくりな日々。

TM回想録6 業務が始まる

タウンマネージャーとしての勤務は、市役所の中心市街地活性化所管部署の一室で始まりました。
中活などを中心的に企画運営するために急ごしらえで作られた室であるため、空間的に開けた他の部署と違い、ともすれば密談に使われていたかのような小さな小部屋でした。

毎朝、滞在している中心市街地のホテルから建物の間の小道を抜け、河を渡り、牧歌的な人里を抜け、手掘りのトンネルを抜けて20分ほど歩いて市役所にたどり着きました。
この空気感や雰囲気が心身を浄化させてくれるようで、
都会の通勤とは全く違う竹田の日常的な魅力を満喫しながらの通勤時間でした。

小さな部屋に行政担当職員2名、私、そして新設されたまちづくり会社のマネージャー1名と地域おこし協力隊スタッフが3名。
机を詰め込んでカツカツな空間での始まりです。
半年後には私とまちづくり会社は中心市街地のビルに転出していくことになりますが、このころの窮屈さもそれぞれの立場の顔や動きが見えて意思疎通もしやすく、とてもよかったと思います。

私は往々にして中活の取り組みではまちなかで目に見えるところにまちづくり会社、行政、会議所、タウンマネージャーなどが集った活性化拠点をつくることが有効だと提案をしています。
それは、市民に目に見える取り組みであることの必要性、そして、関係者が壁をつくらずコミュニケーションしていき機動的に動く取り組み方が必要であると考えるからです。
活性化の取り組みでは縦割りであったり、それぞれの立場からの主張のぶつかり合いでずいぶんロスしてしまう時間と労力、資金があるのです。

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まちづくり会社の体制はユニークでした。

マネージャーは私より1歳年上の東京からの移住者で、芸能関係の業界出身。
スタッフも地域おこし協力隊としてそれぞれ思いを抱きながら関東、関西、九州からの移住者で20代と30代という若さで、いずれもマネージャーがチーム組成のために選出したメンバーでした。
一人はデザインで学生時代に商店街活性化についてフィールドワークを経験。
一人は大手スポーツメーカーで実務を積んだフットワークの軽い、しかし熱い思いを持つ実務タイプ。
もう一人はカフェ勤務等で経験を積んだ女性で経理を担当。
「まちづくり」を仕事として専任していくのはだれもが初めて。
でも、それぞれの得意分野で役割を果たしていくことになります。

とはいえ、当初は
「何をしていかねばならないんだ??」
という手探り感が雰囲気からも現れていたのが実情です。

私はタウンマネージャーとして、その状況をサポートしながらいかに効果的な活動ができる組織として育てていけるか、というところに自分のミッションを感じていたのです。

 

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