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Land for Next Generation.

伊藤大海のまちづくりな日々。

TM回想録7 初動でいかに人とのつながりを得ていくか

よそから来たタウンマネージャー、しかも、中心市街地と離れた市庁舎の一室にいるわけです。

当然、地域から顔をみることはできません。

なんとか顔を覚えてもらい、存在を周知し、活性化の取り組みに入り込んでいくための関係をつくっていかねばなりません。

そのために、心がけたことをいくつかあります。

ひとつは「人前に出る機会を持ちたい」と関係者にお願いしていました。

中心市街地活性化協議会や商工会議所の常議員会であいさつをさせていただいたり、市職員さん対象のセミナーをさせていただいたりしました。
でも、それだけで覚えてもらい頼られることなんてまず無理です。
できればメディアにも出たいという要望はなかなか実現しませんでした。
そうやって公の場で存在を示すことは重要であると思います。

大切なことは、顔を売るためには場数、だと思います。
(物事を動かすために人前に出るときは数より大切なことがあると思いますが)
新たにタウンマネージャーを雇用しようという地域があるとすれば、タウンマネージャーの位置づけにもよりますが
「最初にどれだけ表に出し、オーソライズ(地域で一目おかせる)して行けるか」
は重要だと思います。
その初動次第で、そのタウンマネージャーの後々のポジションも道筋もも変わってくるのだと思います。

助かったのは、当時移住して3年目くらいだったまちづくり会社のKマネージャーが自転車も車もない私をひきつれてまちなかを案内してくれるとともに、まちなかのさまざまなキーパーソンに引き合わせてくれたことでした。
Kマネージャーは竹田市の地域のために熱心な活動を通してキーパーソンや仲間たちからの信頼もあります。
その信頼を借りてご紹介いただけることで、相手との距離感をすぐに詰めていくことができるのです。
それゆえ、2,3年目になると私より後に新たな人材や城下町での活動希望者が来竹した際は今度は私がハブになり、人に紹介するようにしていました。

また、自分自身が入りこんでいくことも不可欠です。

まちの隅々を歩き回りました。ちょっとでも挨拶をしたことがある方とすれ違うと、立ち話をしました。
後々にいろいろと話せるようになる作家さんたちが道端で話しているところに挨拶して入っていったり、「何だこいつは」的に思われても仕方ないと割りきりです。
夜はほぼ毎日、飲みに出あるいていました。
とはいえ最初は誘える人も少なかったので、いつも行政の方や、まちづくりコーディネーターと呼ばれる行政が委嘱した若手人材のグループのリーダーHさんなど、わがままを言って付き合っていただいていました。
そのような方たちとお店に行くと、まだ行ったことのないお店に連れて行ってくれます。
そしてそこにはたいてい、その方たちの知り合いの方がおられます。
そこで、またつながりをつくれるのです。結局、ここでも人さまの信用力をお借りするわけです。
そして、お店の方たちとも仲良くなり、一人でも入って行って地域の「あんなことやこんなこと」の話ができるようになっていきました。

まちの中には、いろいろな考えや意見があります。
対極的、対立的なところもあります。お互いが同じような価値観なのに、接点がないだけでもったいない状況があったりします。
私は極力ニュートラルに努めました。八方美人ではなく、ニュートラル。
結果的に顔を覚えていただけるにつれ、どの方面の方にも気軽にお話しをしていただけるようになっていきました。
さまざまな角度からのものの見え方や考え方を知る貴重な機会が持てるようになっていったこと。

よそからやってきて地域に耳を傾けず、持論だけを展開したり形作って満足するようなことはしたくありません。

そのような人とのつながりが私のまちの中での活動の基礎ともなって行きます。

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