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   <title>Take it easy　中小企業診断士　伊藤大海のブログ</title>
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   <updated>2012-04-23T01:32:19Z</updated>
   <subtitle>中小企業診断士・中心市街地活性化・まちづくりコンサルタント伊藤大海の日常、まちづくり、まちあるきや日々の出来事</subtitle>
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   <title>復興は「今の人」ではなく「将来の社会」のため</title>
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   <published>2012-04-23T01:25:09Z</published>
   <updated>2012-04-23T01:32:19Z</updated>
   
   <summary>経営者のための雑誌WEDGE40号に、「被災地を覆う被災前からの課題」という記事...</summary>
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      <![CDATA[<p>経営者のための雑誌WEDGE40号に、「被災地を覆う被災前からの課題」という記事があります。その中で、被災地では被災前からすでに2035年には人口半減が見込まれていたこと、奥尻島の津波以後は手厚い支援にかかわらず、奥尻島の人口は減少し続けていること、震災を機に再開発したが、結局人通りが減少している商店街など、既知の問題点があるとされています。そのなかで、今回の震災、津波での「被災地の復興計画」は「国やコンサルに依存」している現状があり、ソフト面での産業振興策は具体性にかけ、インフラ、ハードに偏重している問題点が挙げられています。    <br />つまり、既知の課題、それまで町にあった課題をまた、「復興という名のもとに」作り上げてしまう、という危険性があるのです。    <br />そこでとくにポイントになるのが、     <br />「復興を目指すなら、被災地は今いる被災者の復旧以上に、将来の住民のために震災前からの課題を克服し、特有の地域資源を用いて、持続可能な地域に変貌することにより注力すべきである」という一文。     <br />たしかに一方で、地方の人材難では、依存が大きくなるのもやむを得ない、とのことも事実。     <br />ただ、いくら人材難であるとはいえ、自分たちの住むところ、子供たちに残す地域や社会の在り方を、他者に依存することは望ましくありません。     <br />「自分たちでやりたい」という意欲のあるご担当のかたは必要であればお声掛けください。     <br />とくに、若手主体の方たちとの協働を望みます。そして、それに対し、地域のキーパーソンが後押ししてくれていればなお望ましいですが、まあ、それは望み過ぎかな？     <br />私や各方面のプロである仲間たちがチームを組んでお手伝いさせていただきます。     <br />ワークショップ的な形式を考えながら、自分たちで学び、見つけ、考え、まとめていく。そこに我々が提案や助言をしていく中から、お手伝いしていければと思いますので。     <br />ご連絡はフェイスブックから可能です。予算はそれなりにかかると思います。</p>  <p>&#160;</p>  <p><a href="http://www.facebook.com/">http://www.facebook.com/</a></p>]]>
      
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   <title>こだわりの川根茶</title>
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   <published>2012-04-06T10:10:10Z</published>
   <updated>2012-04-06T10:10:11Z</updated>
   
   <summary>  大井川沿いに、紅葉で有名な温泉地寸又峡を目指す途中に、知る人ぞ知るブランド茶...</summary>
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      <![CDATA[<p><img style="background-image: none; border-bottom: 0px; border-left: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; border-top: 0px; border-right: 0px; padding-top: 0px" title="DSC06309" border="0" alt="DSC06309" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/164dbbf18c25_10BEF/DSC06309_3.jpg" width="484" height="322" /></p>  <p>大井川沿いに、紅葉で有名な温泉地寸又峡を目指す途中に、知る人ぞ知るブランド茶川根茶の生産地がある。寸又峡の温泉宿で購入したお土産が↑。</p>  <p>5つのお茶の葉パックが入っている。</p>  <p><img style="background-image: none; border-bottom: 0px; border-left: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; border-top: 0px; border-right: 0px; padding-top: 0px" title="DSC06311" border="0" alt="DSC06311" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/164dbbf18c25_10BEF/DSC06311_3.jpg" width="484" height="322" /></p>  <p>それぞれのお茶のパックの生産者は違う。   <br />そして、そのお茶につけられた彼らの「作品名」、そして、「こだわりのポイント」が書かれている。</p>  <p>同じ川根茶。されど、まったく違う川根茶を、購入した人は楽しむことができる。</p>  <p>大井川の光景、細長く伸びたような屋とに広がる茶畑を想像し、そこにこだわりの茶を愛情持って育てる人たちがいる。</p>  <p>それに思いをいたしながら、彼らのこだわりを読みつついただく川根茶は、味わい深く、下の上に心地よい苦みとうまみが残る、逸品でした。</p>  <p>素晴らしいお土産商品だと思います。</p>]]>
      
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   <title>信頼を勝ち取る姿勢は紙一重。物事の優先順位を間違えるな。</title>
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   <published>2012-04-02T23:37:01Z</published>
   <updated>2012-04-03T00:27:15Z</updated>
   
   <summary>朝ズバを見ていたら、とある伊豆諸島の島についてやっていた。津波が来ると、29mの...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>朝ズバを見ていたら、とある伊豆諸島の島についてやっていた。津波が来ると、29mの津波が想定される、ということがつい最近発表されたことに対する島のコミュニティの対応についての取材だ。   <br />ある商店の人がインタビューに答えていた。    <br />「ＧＷの前にこんな発表しちゃったから、もうなるようにしかならないけど」    <br />非常に、疑問の残る発言だった。    <br />季節的に外貨を掻きいれる時である事情はわかる。    <br />でも、だからと言って、土地勘のない観光客が大変な危険に会う可能性がある状況、情報を    <br />「自店の売り上げのため」    <br />に今発表されて迷惑だ、のように言うとは。    <br />「島に遊びに来られる方のためにも、危険な状況が早くわかってよかった。すぐに、我々としてもお客様の安全への対応を進めたい」    <br />こういうだけで、評価は180度変わったはずだ。</p>  <p>   <br />千葉北部のある商店街関係の人と話した時のこと。私が線量計で空間線量を測り、    <br />「やはり商店街区も線量高いですね」といったところ、その方は    <br />「それをブログなどで書かないでね、人が来なくなったら困るから」</p>  <p>この二つの発言はともに同じものかな、と思う。   <br />端的に言うと、自分はこのようなお店や商店街では買い物をしたくない。    <br />安心・安全なもの、本当にお客さんのためになるものを売っていると思えないからだ。</p>  <p>商店街の人にその場で言った。   <br />「その考え方が、住民からの信頼を得られないんですよ」    <br />「むしろ、これは危機を信頼に変えるチャンスです」    <br />「商店街の人が、毎朝、街区を除染活動して、住民の目にその姿を見せる」    <br />「空間線量や、側溝の線量を測り、毎日街区に貼りだす。ネットに載せる」    <br />「商売人が先回りして消費者よりも安全・安心を高めるための学習する」    <br />「”私たちは、皆様の安全・安心に取り組む”というメッセージを掲げて、それぞれのお店で商品の安全性を高める取り組みをし、店頭でPRする」</p>  <p>こういったことをすれば、むしろ、住民のかたは商店街にたいする安心感、安全感を増すでしょう。   <br />「安心・安全」を感じられない商店街には、そもそもそこに来て買い物をしようという「動機」は住民には発生しない。それでも商店街を使うのは、昔からのなじみで惰性や交流に来ている高齢者か、やむなく来ざるを得ない人たちだ。</p>  <p>自分たちの目先の利益のために、事実やお客様の安全にまつわることをひた隠し、ごまかす。</p>  <p>誰がこれに共感するというのだ？</p>  <p>ある一つの事象、とくに、SWOTで言うところの外部環境のT（脅威）に関して言えば、そこへの対応のいかんによって、評価は表裏相反することとなる。</p>  <p>ネットスーパーの「おいしっくす」などは、原発事故直後から自社流通商品の放射能検査体制をいち早く取り入れ、乳幼児向け食品はすべて調査し始めた。   <br />結果的にユーザーの信頼を勝ち取り、会員を増やしただけではなく、生産農家を守ることにもつながった。</p>  <p>先の商店や商店街と、おいしっくすの違いは何か？</p>  <p>そこをしっかりと考えなくてはならない。</p>  <p>物事には、優先順位がある。   <br />よく、経営と人間としての在り方は、「優先順位は相容れない」と考えている事業者が多いが、それは考え違いである。</p>  <p>物事の順序を踏まえているからこそ、ゆるぎない信頼や愛顧を賜ることができるのであり、それはまた、経営に”筋”をつくり、次に自分が何をすべきかの道を照らしてくれるようになる。結果的に持続的な経営をもたらすことになるのだ。</p>  <p>経営者が目先の銭をいかにずるく手にするかを考えてはいけない。   <br />日々の人としての在り方こそ、実は大切な自己と事業への投資活動なのではなかろうか。</p>]]>
      
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   <title>笑う愛情の表現と家族を殺める愛情の表現は違うのか？</title>
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   <published>2012-03-28T12:20:29Z</published>
   <updated>2012-03-28T12:25:10Z</updated>
   
   <summary>母校の明治学院大学国際学部では竹尾茂樹先生のもと、島嶼社会研究の分野を専攻してい...</summary>
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      <![CDATA[<p>母校の明治学院大学国際学部では竹尾茂樹先生のもと、島嶼社会研究の分野を専攻していました。    <br />沖縄、台湾での短期間住込みのようなフィールドワークがあり、今から考えても、素晴らしいゼミだったと思います。</p>  <p>その一環で、沖縄の基地問題や住民を巻き込んで行われた太平洋戦争末期の沖縄戦についても学びました。</p>  ]]>
      <![CDATA[  <p>沖縄戦では、多くの住民が、迫りくる「女はすべて強姦して殺し、男や子供は寝かせて戦車で踏みつぶす山羊の目をした鬼畜米英」と日本軍から教え込まれていた住民が、自分の愛する家族を手にかけて死なせています。沖縄戦では、数十万の住民と軍人が巻き込まれましたが、連合軍の放った弾薬は、一人当たりに換算しても何度も死なせるに余りあり、そして、沖縄全体を掘り返すに十分な「鉄の暴風」と表現されます。    <br />    <br />自分の親や兄弟に、薬物の注射をして死なせた看護女学生。     <br />「泣くと位置がばれるから殺せさもなくば、赤ん坊をよこせ、殺してやる」と日本軍や他の人から迫られて、赤ん坊の首を絞めて殺した母親。     <br />手りゅう弾で自決した家族や親せき。     <br />がけから子供を抱いて飛び降りた母親。</p>  <p>今はほとんどいなくなった生還者の体験話や手記は、本当に胸が苦しく、直視することが耐えられない内容でした。</p>  <p>それらの人たちが、愛する家族を、なぜ死なせたのでしょうか？</p>  <p>「愛しているなら、どうして守らないのだ」</p>  <p>と僕は最初、思っていたのも事実です。</p>  <p>しかし、状況はあまりに絶望的でした。    <br />日本軍とともに、南部に撤退していった住民は特にひどく、逃げ場を確実に失っていきます。</p>  <p>そのような中で、愛する家族を手に掛ける。</p>  <p>これって、無責任でしょうか？</p>  <p>私は、「愛しているからこその、愛情表現」である、ということに、学習を通じて気付きました。    <br />深い愛に裏打ちされた、行動だったのです。</p>  <p>&#160;</p>  <p>人間の愛情表現は、多くの勇気や寛容さ、自己犠牲を伴う表現はいろいろな方法があります。</p>  <p>私たちにとって幸せであるのは、それが誰もが笑顔になれる環境で、方法で発揮されることではないでしょうか？</p>  <p>でも、あのときの沖縄では違った。</p>  <p>なぜでしょうか？何が、人々をそのような悲しい愛情表現に追い込んだのか？</p>  <p>同じように、戦争で散華した学生たちの遺書集「きけわだつみのこえ」を読めば、若い20歳そこそこの彼らが、国のためにと言いながら、実は愛する家族のために絶望的であることを知りながら死んでいったこともわかります。「自分の死が戦争を好転させることはない」と知りながらも「自分が死ぬことで早く戦争が終わり」「愛する家族や子供たちが明るい未来に向かえる時が早く来るように」と片道切符の特攻に出て行った学生もいます。    <br />なにが、彼らをそこに追い込んだのでしょうか？</p>  <p>&#160;</p>  <p>私は、社会の大人たちの無関心、安易な迎合、意図的な教育と、そこへの参画。目先の利益や繁栄感覚への終始、そして、閉塞的な時代環境による人々の鬱積が時の為政者にうまく付け込まれ、利用されながら時間をかけて自分たちを自滅に追い込んでいったのだろうと考えています。</p>  <p>今の日本はどうでしょうか？</p>  <p>私たち大人は、私たち自身を追い込んではいないでしょうか。    <br />やがて来る近未来、愛する子供や家族を、愛情ゆえに悲しい結末を迎えさせる、あるいは苦しい状況に追いやるようなことを、積み重ねていないでしょうか？</p>  <p>原発問題しかり、目先の国家運営しかり、安易な米国の戦争への支持参加しかり、でも、一方でそれは本質的には政治などの問題ではないのです。</p>  <p>私たち、一人ひとりの問題です。物事に根拠や知識なきまま看過し、流されているのにどこか利己的な、将来への意志なき私たち一人一人の問題なのです。その小さな積み重ねが、私たちの将来を暗くしていないだろうか？    <br />    <br />あまりに多くの大人たちが、大人しい今の時代。     <br />私は、大きな危惧を抱かずにいられないのです。     <br /></p>  <p>原発の問題もしかり。    <br />今のまま、もしかしたら、私たちは将来、自分の子供や家族、あるいは自分たちが家族を残し、悲しい現実に直面するかもしれません。</p>  <p>その時、残された愛情表現は？みんなが笑ってる？</p>  <p>そんなことはありません。悲しみに裏打ちされた、悲しい愛情表現しか残らないのです。</p>  <p>本当に、幸せな愛情表現を望むのであれば、我々は、いま、物事に対して無関心や無知であることは即、やめることです。</p>]]>
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   <title>美しさを引き出すこととは～咲こうとしている花と枯れ行く花の美とは～</title>
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   <published>2012-03-25T07:13:55Z</published>
   <updated>2012-03-25T07:13:57Z</updated>
   
   <summary>  上の画像をご覧ください。  どちらもともに、同じ花です。あるトルコ桔梗がまさ...</summary>
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      <![CDATA[<p><img style="background-image: none; border-right-width: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; border-top-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; padding-top: 0px" title="kikyou" border="0" alt="kikyou" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/ab6c14c5ab9a_DD1B/kikyou_3.jpg" width="448" height="330" /></p>  <p>上の画像をご覧ください。</p>  <p>どちらもともに、同じ花です。あるトルコ桔梗がまさにこれから咲こうとしているのが、左。   <br />そのトルコ桔梗が後日、枯れて朽ちていこうとしているのが、右、です。</p>  <p>いかがでしょうか？どちらがきれいですか？</p>  ]]>
      <![CDATA[  <p>いろいろなご意見があると思いますが、私は</p>  <p>「両方美しい」</p>  <p>と考えています。   <br />ただ、その美しさはそれぞれ変わってくるものだと思います。    <br />それゆえ、カラーかモノクロか。    <br />クローズして撮るのか引いて撮るのか、使い分けています。    <br />    <br />そのモチーフそのものの持つ美しさは、    <br />すべてのものが同じように写せば表わされるものではありません。</p>  <p>そのモチーフをしっかりと正面からとらえ、美しさを見つめた中にふさわしい構図が見えてくる気がします。</p>  <p>まちづくりも同じです。</p>  <p>「誰にでも来てもらえる」まちを目指すことは「誰にも来てもらえない」まちの志向です。   <br />カメラで言う機能の「プログラムオート」みたいなもの。    <br />見た目はきれいに撮れるけど、何の特徴も主張も意図も感じない、ただ作っただけの画。</p>  <p>それは、本当に、来てほしい人達を観ているのではなく、作り手側からの一方的な希望、尺度自己満足の押し付けでしかないのです。</p>  <p>ここで必要なのは、まちを「エリア」や「ゾーン」に分けて考えることです。</p>  <p>「Aゾーンは、子育て世帯ファミリーが来られるような色付け、演出、機能づくり、テナントミックスをしていこう」</p>  <p>「Cゾーンは、シルバー世代がここにきて、買い物だけではない時間消費をできる作り方をしていこう」</p>  <p>「Bゾーンは、日常生活において多世代が文化的交流でき、自分の表現をできる文化的世代交流ゾーンに…」</p>  <p>このように、ある程度具体にターゲットを選定し、そこが持つべき”構図”というものを描くことです。背景の深み、取り組むスピード、いろいろなものが変わってくるはず。</p>  <p>それが見えてきて、関係者間で「共有」ができてくると、   <br />そのエリアに必要なハード、ソフト両面からの「機能」「性能」「色」「材料」「光の当て方（私は”陰と陽の演出”と言っています）」などなどがおのずと見えてくるようになるのです。</p>  <p>このようなまちの「構図」をしっかりと描かなければ、   <br />そのモチーフの持つ美しさや活力が引き出される意図がなければ、    <br />やることは見えず、何をやっても成果が上がる仕組みは成り立つことはないのです。</p>]]>
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   <title>本日の日経MJに「消費者」として紹介されました</title>
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   <published>2012-03-07T02:40:01Z</published>
   <updated>2012-03-07T02:42:10Z</updated>
   
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>&#160;</p>  <p><a href="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/93b4f5fc7fca_A096/DSC_0231_6.jpg" target="_blank"><img style="background-image: none; border-bottom: 0px; border-left: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; border-top: 0px; border-right: 0px; padding-top: 0px" title="DSC_0231" border="0" alt="DSC_0231" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/93b4f5fc7fca_A096/DSC_0231_thumb_2.jpg" width="184" height="244" /></a></p>  <p>今日の日経MJの「食の安全」特集。3面に”一消費者”としてコメントをとり上げていただきました。    <br />実は、先日、Tさんという記者さんに。取材をお受けしていたんですね。     <br />案の定、私のせいでいろいろと話がそれて、3時間半の取材でした（笑）     <br />でも、いろいろと情報提供も頂き、とても有意義。</p>  <p>さて、記事は紙面上の制約があるので、私のコメントを若干補足します。</p>  <p>まずは…</p>  ]]>
      <![CDATA[  <p>&#160;</p>  <p><strong>・「5年健康被害がなければ、安全だと思うが…」      <br /></strong>→チェルノブイリでは、子供の甲状腺がんが顕著に発生し始めたのが事故発生から3年から5年後です。     <br />10年後にピークを迎えています。甲状腺がんは半減期の短い放射性ヨウ素が原因となり、セシウムなどとは異なります。     <br />セシウムでの健康被害は、もっと先の話になり、汚染物質の体内での蓄積部位も異なります。    <br />5年後は体内に蓄積したセシウム量を把握することで、食が安全かどうかを把握できます。     <br />    <br />5年という時限は、国が当初、放射性ヨウ素の甲状腺取り込みを阻害するヨウ化剤なども配らずに「安全」といい続けたこともあり、     <br />5年以内に甲状腺がんなどが増えれば、それだけ汚染物質が放出されていたことが分かること、それに対して、「安全」といい続けられていたことになります。     <br />そのような中で仮に、5年後にも国が「安全」といい続ける姿勢をとるかどうか、なおかつ生産者や流通業者からの包み隠さぬ情報提供、実効的な除染や、身の回りで無料で簡単に食品の汚染度を測ることができる環境などが整備されるかどうか、     <br />といった環境のいかんによっては、その時点でも、「食品を安全である」ととらえることができなくなります。</p>  <p>下記のことを念頭に置く必要があります。</p>  <p><strong><font size="3">「かつてあった食の安全」は、日本ではもう無理です。</font></strong></p>  <p><strong><font size="3">これからの</font></strong></p>  <p><strong><font size="3">「食の安全」は「内部被曝量を家庭で管理できる事」</font></strong></p>  <p><strong><font size="3">なのです。</font></strong></p>  <p><strong><font size="3"></font></strong></p>  <p><strong>・「栃木県の農家から…」      <br /></strong>→今もお付き合いある農家です。その農家の属する地区のコメの調査からは、汚染は見つかっていません。     <br />先祖伝来の土地を守り、こだわりのネギなども作られている方で、ある日突然、自分が作っている土地、作物があたかも「毒物」であるような状況になってしまった。</p>  <p>毎年、丹精込めてつくられていたお米を、私は購入して楽しみにしていました。   <br />でも、昨年、注文すべきか悩んでいたとき、彼から米が送られてきました。    <br />「これは贈呈します。お代は結構です。精米しておきました」    <br />私は、涙が出ました。普段は玄米で送ってもらっていたのです。    <br />「お代は取れない」「外側に汚染物質があったらまずいから、我が家の精米機で精米しないように配慮」してくれたのです。その一方で「ちゃんとしたコメをつくったんだ」というプライドです。生産者にも、「対価」はとても重要なのに…。    <br />あまりに、心が締め付けられました。そして、自分の誠意をどう伝えられるか、いまも、答えを見つけられずにいるのです。きっと、私はありがたく食べると思いますが、家族には…。</p>  <p><strong>・「信頼感が崩れて…」      <br /></strong>事故以降の一部生産者だけではなくJA、流通業者などの不信感を買う姿勢（消費者につけを負わせるのではなく、東電や政府に対してもっと行動すべきだった）や不勉強さ、官民挙げての「食べて応援キャンペーン」、そして、これはとても大きいのですが、国が作付けをさせたことで「汚染物質と表土が混ざってしまい、田畑の除染が困難になってしまった」     <br />（本来は、東電や国が休業補償をしてその間に表土の取り除き、除染を徹底すべきだった）ことがまず挙げられます。     <br />生産者のかたが消費者が納得いくような独自調査をしたり（最近増えているようです）、身の回りで自分や家族の被曝量管理をしたり、無料で放射線障害の治療を受けらるような環境がない今、 情熱を持った親交のある生産者のかたの作物でも、そう簡単に口にできなくなってしまった。     <br />これって、本当に悲劇的なことだと思いませんか？</p>  <p><strong>・「妻と1歳の子どものため…」      <br /></strong>→わが家では、基本的には私は西の食材を探しますが、なければどこのものでも食べます。     <br />というのも、なんでも割高なオイシックスや取り寄せをすると、一番食材を消費する私の分を含めると、家計が膨らみ過ぎるからです。     <br />一方で、「もし今後、10年、15年たって放射線障害が出るとき、両親が同じ時期ぐらいに斃れて子供を一人ぼっちにするのはやめよう」と家族で話しています。     <br />    <br />そうすると、家内よりは私が斃れたほうがいい。    <br />    <br />そういう判断です。     <br />ちなみに子供も、生まれた時は不要と思っていた生命保険に入れました。</p>  <p>＋＋＋</p>  <p>みなさん、私の考えは偏っていて、非人道的だと思いますか？</p>  <p>防災心理学上では、災害が起こったときに、まっさきに適切に行動をする傾向があるのは、より小さい子供を持つ親たちです。   <br />この記事でも、そのような親御さんたちの行動や意識が見てとれます。    <br />    <br />人間の本能に沿った形の行動でもあるのです。</p>]]>
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   <title>両面にある価値</title>
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   <published>2012-02-29T07:15:49Z</published>
   <updated>2012-02-29T07:15:51Z</updated>
   
   <summary>自分は、物事はすべてアンビバレントなものだと思っている。  アンビバレント、日本...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>自分は、物事はすべてアンビバレントなものだと思っている。</p>  <p>アンビバレント、日本語でいえば両面価値。</p>  <p>両面価値だけではニュアンスが伝えきれない気もするが、おおよそは間違っていない。</p>  <p>めったに雪が積もらないわが家。今日は雪が20cm以上積もった。</p>  <p>雪かきが大変だ。</p>  <p>でも、雪かきではなく、雪だるまでパンダをつくった。140cmものだ。</p>  <p>ちゃんと、目、鼻、耳はコーヒーで黒くした。</p>  <p>道のはじっこに、邪魔にならないように置いた。</p>  <p>本当は、大変なはずの雪かきも、ひと時の楽しい時間になった。   <br /></p>  <p>道行く子供が立ち止まったり、おじいさんやおばあさんが立ち止まって孫のために携帯画像をとったり、   <br />近所の人と会話するきっかけになったり、活躍してくれている。</p>  <p>今日、商店街なんかで各店が同じような雪のオブジェを店頭に並べたところはあるだろうか？</p>  <p>あるいは、小さなかまくらをつくり、そこに、今晩ろうそくをともそうよ、というアイデアが出たところはあるだろうか？</p>  <p>「雪が降った。客が来ない。雪かきが大変だ。もう、大迷惑」</p>  <p>とか、愚痴っていたりはしないだろうか？</p>  <p>物事は、両面の価値がある。</p>  <p>常に、目に見えている価値、常識的な価値の裏の価値を見抜いて、それを楽しんだり楽しませたりすることに使う。商売上の魅力創出に使う。もちろん、社会性、公序良俗は侵してはならない。</p>  <p>あるいは、苦しい現況が、何かの糧になっていることがある。   <br />大事なことは、「何の糧になっているか」を見抜くことだ。    <br />それを見抜き、それを活用してやる。武器とする。</p>  <p>私の実家の商売は、清算、家族離散の危機が続き、やがて、ある業態変化をすることでV字回復した。   <br />その時は、苦しかった。何もかもが嫌になった。</p>  <p>でも、その時の経験は診断士となった今、生きている。   <br />相手のもがいているところ。苦しいとこを。とらわれている罠が見える。</p>  <p>でも、</p>  <p>「変えることはできるんだよ」</p>  <p>ということを、心から言うことができる。</p>  <p>それは、あの経験や時間の苦しい側面だけではなく、そこから得た裏の価値というものに気付いたからだ。</p>  <p>アンビバレント。両面価値。</p>  <p>それを見抜き、活用できたものが、何かを手に入れることができる、と私は考えている。</p>  <p>どうだ、たまにはまじめだろう。えっへん。   </p>]]>
      
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   <title>絶望の国の幸せな若者たち　についての議論</title>
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   <published>2012-02-24T16:54:30Z</published>
   <updated>2012-02-24T17:37:26Z</updated>
   
   <summary>朝まで生テレビ の討論、面白く、なんだかもどかしい。    奔放な教育を受け、み...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>朝まで生テレビ の討論、面白く、なんだかもどかしい。    <br />奔放な教育を受け、みな貧しい中から社会共通の目標を持つ中で、やるべきことは明確、つくるべきものはたくさんあり、ある程度権限を持てる中から年々所得が拡大し、目に見えて時代が進化していたころに将来に大きな夢を見た高年代の世代で現状不満度が高く（思うようになっていないから）、     <br />画一的な教育を受け出る杭を嫌い、年々時代が右肩下がりの縮小傾向、社会としての目標も進むべき方向も見えず、権限も持たず就職もままならず、働けど向上しない所得や労働環境が悪くなる中で将来に希望や生活の質の向上の確信が持てない状況を生きている20代、30代の若い世代が今現状に幸福を感じ保身的になっている（将来は今より悪くなることが見えている）ということは当然と思う。     <br />個人で変えられることはあるが、それ以前に個人ではどうしようもないマクロ環境の前提が違いすぎる。</p>  <p>このとき、同じ20代、30代の人生のステージの過ごし方として、どちらが「幸せ」なのか。   <br />「幸せ」とは何か？</p>  <p>46歳の慶応大学の先生の、    <br />「若い人は親の資産をあてにできる。それだけの資産がある。だから家を買う必要もないし、税金も払わない」     <br />という発言は、まあ、15年くらい前の     <br />「若者は自由なライフスタイルを求めるためにフリーターになる」     <br />「ライフスタイルのためにあえて結婚しない若者たち」     <br />とかまったくボタンの掛け違いをしていた大人の世論の典型だと思う。    <br />（もちろん、それが違っていたと気づいている大人のかたは私の周りにたくさんいるが）</p>  <p>逆に、40歳の早稲田の先生は癖があるが言っている本質的な部分は共感できる。</p>  <p>将来への絶望感が、現状への満足感をもたらしている。</p>  <p>＋＋＋</p>  <p>実用性と下駄変わりの車ばかりをつくっていたトヨタがなぜ若者をつかむためにFT86という車を開発したのか？これは本当に「車離れ」から若者の価値観を車に回帰させるほど売れるだろうか？</p>  <p>社会のなかで、マクロを変えうるマス層は、まだまだこの変化の本質を見ていない。</p>  <p>&#160;</p>  <p>ただね、若い世代も自分たちでもっと動かないといけないんだよ。   <br />その必要性に気付いているはずなのに。</p>  <p>「座して天命を待つより自ずより道拓かれん」</p>  <p>ラバウル、松山という激戦地にて、数は圧倒的劣勢、使っている飛行機は圧倒的に性能劣位のなか、エースパイロットとして生き延びた小高登貫（こたかのりつら）という人の言葉です。   <br />    <br />こんな状況だからこそ、私はなかなか理解されなくても36歳の診断士として、その世代の目線、共感をする中からまちづくりの提案をしているのです。それが自分の強みであり、役割だからです。    <br />未来をつくろうと動き出し、時にもがいているまちづくりの現場の若い世代とつながりながら、それを応援する。時にベテランの素晴らしい知恵やノウハウを持たれている先生方とのコーディネートをしたいと思っているわけです。</p>]]>
      
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   <title>出生率の改善？数字のトリックです。</title>
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   <published>2012-02-24T03:49:58Z</published>
   <updated>2012-02-24T14:05:18Z</updated>
   
   <summary>毎日新聞の記事で、  「２０１２年人口推計 合計特殊出生率１．３５に改善 超高齢...</summary>
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         <category term="日々の雑感" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>毎日新聞の記事で、</p>  <p>「２０１２年人口推計 合計特殊出生率１．３５に改善 超高齢化、流れ止まらず」</p>  <p>という記事を見つけた。「改善」という言葉が非常に引っかかった。    <br />改善している実感もないし、改善するほどのことを身の回りで環境整備されていると思わないからだ。</p>  <p>調べてみたら記事内で比較対象となっている2006年の年間出生数は</p>  <p>1 092 674人</p>  <p>そして、2010年の年間出生数は</p>  <p>1 071 304人</p>  <p>減っているのだ。</p>  <p>経営でも、粗利益を率だけで見ると道を誤る。</p>  <p><font size="5">実数で見ること</font></p>  <p><font size="2">これが重要。本当に改善と言えるのだろうか。</font></p>  <p><font size="2">あたかも増えているような率の表わす数字のトリックに、騙されてはいけない。</font></p>  <p><font size="2">これからも日本は子供が減り続けるのだ。</font></p>  <p><a href="http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120131ddm010040029000c.html" target="_blank">http://mainichi.jp/select/wadai/news/20120131ddm010040029000c.html</a></p>]]>
      
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   <title>子育て世代にのしかかる負担</title>
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   <published>2012-02-19T13:24:13Z</published>
   <updated>2012-02-19T13:24:14Z</updated>
   
   <summary>市からの通知が入っていた。   「年少者の扶養控除が廃止されたが、来年度も今年度...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://yaruki.info/blog/">
      <![CDATA[<p>市からの通知が入っていた。   <br />「年少者の扶養控除が廃止されたが、来年度も今年度同様の控除があったと同じ保育（所）料とします」    <br />年少者を抱える世帯では38万円の扶養控除が廃止された。    <br />その分、所得が増えたとみなされ増税されるだけではなく、    <br />保育所などの月額が変わってくる。    <br />中には、家賃などが変わってくる家庭もあるだろう。    <br />我が家は子供手当が13000円から15000円に増えたものの、    <br />3歳の子を育てる知り合いの家庭は10000円に減額された上に    <br />非認可の保育園の月額保育料があがるのだという。</p>  <p>消費税の必要性を母校の大学で講演した野田総理は   <br />「すべての世代が平等に負担する」といった。    <br />社会にも出ていない、働いていない子供たちが（その子供たちの消費に関して）    <br />消費税を負担する事ができるわけがない。    <br />つまり、それは若い親世代の負担となる。    <br />どこが「全世代平等な負担」なのだろう？</p>  <p>いま、若い世代に来ているしわ寄せの中でも、   <br />とくにしわ寄せが子育て世帯に来ている。</p>  <p>この国の少子化は、   <br />私よりも年上の団塊ジュニア世代の生活安定改善をないがしろにし、    <br />その生活安定からの出生率向上の策を打たなかったことで、    <br />もはや日本人だけでの人口バランス回復は絶望的な状況にあるのが現実だ。</p>  <p>そして今もなお、なんら改善の糸口は見えていない。   <br />猶予がない現状は、実効的な手を打たなければ状況は悪化するばかりなのだ。</p>  <p>私の周りでも、「結婚したくてもできない」友人は少なからずいる。   <br />「結婚しても、子供がほしくても作れない」    <br />「二人目がほしくても作れない」友人は少なくないのだ。    <br />その理由は「現状の生活・労働状況と将来への不安」。</p>  <p>まずは、若い世代が結婚でき、子供をつくり、共働きせず子育てができ、   <br />時間的に家族との時間と所得を十分持てる雇用環境を整備し、    <br />親の面倒をみることができるような環境作りが必要だ。    <br />それは少子化改善に寄与するだけではなく、消費が活性化し、なおかつ    <br />社会保障を圧縮することができる事につながるのではないだろうか。</p>  <p>一方で、若い世代はそのような環境づくりへのアクションをしていくことも   <br />必要なのだろうと思う。</p>  <p>本当に、こんな思いをするのは我々だけで十分。   <br />今の子どもたちには希望ある社会を残してやりたいものだ。</p>]]>
      
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   <title>企業は本当にそばに立ってくれる金融機関と生きるべし</title>
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   <published>2012-02-16T17:17:11Z</published>
   <updated>2012-02-16T17:41:19Z</updated>
   
   <summary>NHKで今やっている「被災地の信用金庫」。気仙沼信金が、気仙沼の水産加工会社への...</summary>
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      <![CDATA[<p>NHKで今やっている「被災地の信用金庫」。気仙沼信金が、気仙沼の水産加工会社への融資を行うまでのドキュメンタリー。津波で一切合財失った水産加工会社はメインバンクであり既往で3億円の借り入れがある銀行に新たな再興のための融資を要請し断られる。そこで、気仙沼信金に赴き、経営者と信金の担当者、理事の真剣なやり取りが続く。融資は、日本政策金融公庫、保証協会の支援を得ておりることになった。しかし、そこで銀行がかみつく。「断った覚えはない。公庫がかむならうちが面倒をみる」。そこで、公庫は手続きをストップしてしまう。すでに銀行に不信感を持つ経営者は信金と話を進めたいと判断する。しかし、銀行は経営者に「3億円を返さないとそれは認めない。それは無理だろうから、うちと進めろ」という。真摯に知恵を出し話し合いをしている信金と関係をつくるべきだと判断した加工会社の経営者。その想いを聞き、信金の理事は理事長に直談判する。3億円を、信金が追加融資して銀行に一括返済するというプランの是非を問う。「他の事業者にも波及する気仙沼の代表産業を潰してはいけない」と理事長はいい、「経営者がその気であるなら、信金も本気で支援をする」理事は、経営者に言った。経営者は涙する。50人の従業員の生活も、関連する事業所のことも守ることができる。   <br />かつて、商売をしていた私の父のメイン取引先の銀行は第一勧銀（現みずほ銀行）。仕入れた漬物やみそなどを売っていたのが父の商売だ。バブルのころは、銀行の支店に行くと担当者がモミ手するようにして父の所へ来たし、我が家にも来て金を借りてくれと言ってきたものだ。でも、それから5年くらいして、バブルがはじけ、我が家の商売が苦しくなったとき。銀行の対応はとても冷たくなり、留守電に吹き込まれるメッセージに感情を感じることはなくなった。ため息すらわざとらしく吹き込まれた。そして、お願いした融資はにべもなく断られた。個人の例先企業にとっては、血流を止められたのと同じ。死刑宣告みたいなものだった。結果的に、国民生活金融公庫が400万円を融資してくれた。400万円。かつて、モミ手していた銀行員が簡単に融資を申し出ていたような額だ。</p>  <p>   <br />数年間は苦しい時期が続いた。    <br />週単位で催事を請け負っていた父は目に見えて家にいる日が増えた。    <br />家計は苦しくなり、目に見えて家族はバラバラになっていった。    <br />家に帰ると父親が自殺しているのではないかと思うような毎日だったが、それでも母のパート代と勤めた私の給料でなんとか生活を続けた。    <br />私自身も、学生時代にあんなにあこがれた、将来の自分の温かい家庭をいつしか、    <br />家庭なんか持ちたくない、と思うようになり大切なものも失った。</p>  <p>でも、2000年に転機が訪れた。   <br />父親が商売の方法、業態を変えたのだ。まだ、惣菜ブームが来る前に、「田舎のお母さんが作ってくれるような手作りの惣菜」を売り始めた。    <br />時代の先取りとなった商売はたちまちV字回復した。たちまち、売り上げは回復した。    <br />自分はその頃はもう社会人だったが、みずほ銀行に対して「何を見ていたんだ」という怒りと「ザマミロ」という気持ち良さがあった。    <br />2000年以降になると、みずほ銀行は公的資金として兆円単位のお金を国から注入された。信じられなかった。    <br />    <br />何も、すべての銀行が悪い、といいたいのではない。診断士仲間では地銀仲間もたくさんいて、彼らは優秀で情熱的で、そして真摯だ。（ここ10年ばかり法人税も払ってこなかったような大きな都市銀はどうか知らない）また、信金の仲間も多いが、彼らは地域密着の機関として、泥臭い支援に明け暮れている仲間たちだ。</p>  <p>   <br />私は創業塾や経営者対象の塾を行うことがあるが、その時に言うのは「本当に、自分のそばに立ってくれる金融機関、苦しいときに目先の資金回収のためではない経営改善に提案をしてくれる金融機関と付き合うことが大切だ」と伝える。何の提案もなく、ある日突然、死刑宣告をするような機関ではなく。その死刑宣告の先にあるのは企業の死だけではないのだから。</p>  <p>自分たちも被災者であるはずなのに、尽力している気仙沼信金の職員さん、そして、苦難にほんろうされながら新たなステージに進むことができた経営者さんの様子を見ながら、思わず、胸が熱くなってしまった真夜中だった。   </p>]]>
      
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   <title>まちなかに子供を呼び戻す</title>
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   <published>2012-01-30T23:00:42Z</published>
   <updated>2012-01-30T23:00:44Z</updated>
   
   <summary> 周南に向けて移動中。周南の中心市街地活性化は、若く意欲的なまちづくり会社や関連...</summary>
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      <![CDATA[<p> 周南に向けて移動中。周南の中心市街地活性化は、若く意欲的なまちづくり会社や関連する人々が中心に立ちぐいぐい進んでいる。素晴らしいのは、ベテランの年齢の方々が、それを後押ししたり協力していること。もちろん一筋縄で行かないこともあるだろう。でも、このベテランの方々があれた野原に道の土台を作り、若い人達の意欲とフットワークでみんなを載せたバスを思い描いた方向に前に進ませる、時には自分達で道の森を開拓しながら。この姿はまちづくりの現場では素晴らしい仕組みの一つと思う。   <br />まちづくり会社では、まちなかの子育て環境に焦点もあてている。これもまた、楽しみな要素だ。    <br />人は、幸せを感じるとき、その幸せに気づく触角と測る物差しをつかう。しかし、それは自然に備わるものではなく、過去の経験によりもたらされる。    <br />だから、まち中で育った経験が乏しい私のようなＧｍｓ世代は、昔ながらの商店街には物珍しさはあっても居場所もなければ、それ以上の利便性はない。    <br />しかし、商店街も昔のままではなく、たいていビジョンなくその内容が代わって全国チェーン店が増えるなどする。    <br />そうすると、今までそこをよりどころにしていた昔からの利用者、主に高齢者や団塊の世代は居場所を失う。    <br />結果的に『三丁目の夕日』などのなかに、失われたかつてのやすらぎを求めることになる。    <br />いま、周南のまちづくり会社の主たるメンバーも商店街の中や近隣で育った人もいる。だから、彼等はまちなかに目を向けるのだともいえる。    <br />子育て世代がまちなかに居場所や楽しみを見つけられる取り組みは、若い親と子供達の幸せに気づく『触角』をつくり様々な幸福を測る『物差し』をふやす。それはまた、まちなかが彼等の故郷として記憶に残ることになり、将来のまちの持続の大きな力になる。    <br />『若い人がまちを捨てて郊外にいくのではなく、まちが若い人をすてていませんか』私はいつもそのように言う。公的財政が厳しいから、高齢者のまちなか居住とサービス充実を図るのも結構。でも、まちを消費力の弱い高齢者だけのものにしてはいけない。それ以上に、子供達の姿、その親達の姿が見られるまちにすること。それが重要かつ、待った無しの時代だ。    <br />真面目な事を書いたら頭がいたくなった…。</p>]]>
      
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   <title>謹賀新年</title>
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   <published>2011-12-31T18:01:29Z</published>
   <updated>2011-12-31T18:01:33Z</updated>
   
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      <![CDATA[<p><a href="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/7701edd34180_2A63/2012ver1web_2.jpg"><img style="background-image: none; border-right-width: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; border-top-width: 0px; border-bottom-width: 0px; border-left-width: 0px; padding-top: 0px" title="2012ver1web" border="0" alt="2012ver1web" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/7701edd34180_2A63/2012ver1web_thumb.jpg" width="484" height="326" /></a></p>]]>
      
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   <title>フェイスブック始めました</title>
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   <published>2011-12-12T06:21:59Z</published>
   <updated>2011-12-12T06:24:24Z</updated>
   
   <summary>http://www.facebook.com/ito.omi  こまめに更新し...</summary>
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      <![CDATA[<p><a href="http://www.facebook.com/ito.omi">http://www.facebook.com/ito.omi</a></p>  <p>こまめに更新しようと思うのですが…まあ、気長にやっていきますので、よろしくお願いいたします。</p>  <p>もっとも、こちらも長いレポートなどにはこれからも使って行く予定です。</p>]]>
      
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   <title>まちなか元気塾　ホップ編＠由利本荘　終了</title>
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   <published>2011-11-19T02:55:02Z</published>
   <updated>2011-11-19T03:19:36Z</updated>
   
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      <![CDATA[<p>今年度から、3年計画で由利本荘で「まちなか元気塾」なるものがはじまりました。</p>  <p>ホップ、ステップ、ジャンプ、ということで、今年はまずホップ編。</p>  <p>事業を行う理念と、事業者の生き方の視点から考えを深める機会づくり、ということで、    <br />ヤル気ある事業者のかたを対象に2回実施しました。</p>  <p>今年のセミナーでは、今年しかできないこと、学びを深められること、について考え、セミナーの在り方をご提案しました。</p>  <p>その結果、津波被災者であり、ご自身がいまだ厳しいご環境にありながら地域のリーダーとして様々な活動や人を支えておられる岩手県山田町の阿部商工会長にお越しいただき、お話を聴く機会（阿部さんのお人柄と由利本荘市商工会の若手の指導員さんの熱意が実現させてくれました）、<a href="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/b4384b678cbb_A2D2/machi_2.jpg" target="_blank"><img style="background-image: none; border-bottom: 0px; border-left: 0px; padding-left: 0px; padding-right: 0px; display: inline; float: right; border-top: 0px; border-right: 0px; padding-top: 0px" title="machi" border="0" alt="machi" align="right" src="http://yaruki.info/blog/Windows-Live-Writer/b4384b678cbb_A2D2/machi_thumb.jpg" width="260" height="374" /></a></p>  <p>そして、浪江町から原発災害で疎開しながら、由利本荘市で現地のB級グルメ「本荘ハムフライ」（本荘ハム民の会）と「浪江焼そば」（浪江焼麺太国）のコラボを生み出す活動をしている前焼麺太国総理大臣の阿久津さん（現在は亡命先の由利本荘市にて太国大使として、ハム民の会との相互不可侵条約を結ぶなど活躍中）、菅家さんにお話をお聞きしました。</p>  <p>阿部会長、阿久津さん、菅家さんには、簡単な気持ちでお願いできる事業ではありませんでした。それは、まだ、みなさんがそれぞれ苦しい状況や先の見えない中で生活をされている現況、いまだに「災害は終わっていない」現実がひしひしとわかるからです。</p>  <p>しかし、集まってくださった由利本荘のヤル気ある商業、観光、サービス関連経営者の皆さんは、講演者のお言葉をしっかりと受け止め、自分のことに置き換える作業を熱心にお取り組みされておられました。きっと、何らかの気づきが、心や頭の中に芽生えたものと感じます。</p>  <p>このようなセミナーは、おそらく、東北でも、全国的にも初めての試みだったのではないかと思います。</p>  <p>今なお続く災害の中での人や事業者の在り方というものはある意味究極な姿を持っています。    <br />それを学ぶ場が作れたことに、関係者の皆さんと受講生の皆さんの熱意に、感謝です。</p>  <p>由利本荘での濃密な懇親会、また呑み過ぎてしまいました…    <br />いろいろと企画では頭を悩ませたり、思うようにいかない、伝えられなかったことはありますが、それでも、本当にやりがいのある研修でした。</p>]]>
      
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