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Land for Next Generation.

伊藤大海のまちづくりな日々。

TM回想録その3 竹田市との初めての接点

大分県竹田市のタウンマネージャーを検討するまで、
竹田市という地域の存在を知りませんでした。
基本的には関東からの距離が近いエリアでTMの職を探していたこともあり、全くノーマークだったのです。

竹田市でTMの募集があると同業界でお世話になっているかたから紹介された際、
「竹田って本当にいいところだよ!」
と聞かされたことがきっかけで、いろいろと調べるようになりました。

人口2.3万人。山間の町。城下町に温泉、高原、農村。
文化的な香りがするまちです。

しかし、遠い。

多摩地域から行くのに、片道で7,8時間もかかってしまう。
関東起点での仕事もあったことから、移住しても関東に戻る時間がかかりすぎる。
距離的にはそれまでの条件と合致せず、アウト。

でも、調べるにつけ竹田の特殊環境が見えてきて
「もっと知りたい」
という気になりました。
ただ、今も変わらないのですが、中心市街地の情報が少なすぎて似通った情報ばかりが目に付いたので、深く知ることができませんでした。

竹田市には当時、東京事務所というのがありました。
そこで、訪問して関係者の方にお話しを聞くことにしたのです。

事務所のあった赤坂まで、ドキドキしながら出向いて行った冬の日をよく覚えています。

幸いにして、先方も私の経歴等から人材として関心を持ってくれました。
TMとしての募集条件だけではなく、
こちらからも「成果」を出すための活動環境について申し伝えました。

なにを「成果」とするかはそれぞれです。
なので、どのような「成果」を求められているかをよく聞き、そのために必要な資源や環境をこちらからも提案し、すり合わせることが入口としてとても大切だと思っています。

竹田市ではとにかく、ここ数年、前だけを見て推進することに力を入れていることから、形としての活性化を作り上げていくことが方針でした。
行政としても首長の先導のもとハード事業を含め、かなり大掛かりな事業を推進している最中でした。

そして、まちなかの活性化の基盤をつくるために、まちづくり会社を官民出資で立ち上げる。
TMはそのけん引役としてまち会社を動かし、活動すること。
策定中の中心市街地活性化基本計画のなかにある、まちづくり会社が主体となる核事業の推進をしてほしいこと。

竹田市では近年さまざまな移住者が増えてきており、活動をするプレイヤーのすそ野も広がっているということも知りました。

もう進むだけだから、確実に形にしていける。そう熱く語られました。

私としては、そのとき抱えていたさまざまな仕事を整理してでもこの地域でがんばればやりがいも実績も上がるのではないだろうか、と思い始めていました。
自分はそれをする価値がある地域で活動することでその地域にあった豊かさづくりをしていきたい。その価値がありそうな気がしました。
もし、竹田市でTMとして活動するならば収入は大きく下がることになります。
奇しくも、マンションを購入したばかりでその年の3月に入居予定、住宅ローンが少なからずあります。家族に負担もかけるでしょう。
それでも、数年後を考えた時に一事業者としてここに「投資」するタイミングではないか、とも感じたのです。

求められた方向性に対してTMが成果をあげるために必要な環境や条件を改めてお伝えしました。
それは、「権限」「予算」「スタッフ」が必要ということ、「大番頭」役ができる人材の配置です。
私としても、任期中の移住を考えたい、そのためには単年度だけでの仕事ではそれが難しいことも伝えました。
どうやらそれらの提案への受容性というのがありそうだと分かりました。

事務所でたくさんパンフレットなどをもらってわくわくして帰途につきました。

これが、初めての竹田市との直接の接点でした。

そうしてひと月もしないうちに、私は家族を連れて竹田市を訪問していました。

 

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