●おしらせ●
2006年11月にロリポップサーバーがぶっ飛んで数年分のデータが失われました。
創業当時の赤裸々?レポートは 診断士ナビでご覧になれます。
+++

2008年10月11日

一般論?

コンサルタントとしてスポーツショップの経営者さんに売り場レイアウト改善を
提案するという店舗レイアウトを学ぶ演習指導中、研修生の方とこんなやり
取りをした。

研「男性と女性のスポーツウェアの配置は分けたほうがいいのですよね」

私「あんまり男性女性が入り混じるようであれば、分けたほうがいいかもしれませんね」

研「それで、男性と女性のウェアは、店の手前と奥のほう、どちらをどちらに
おけばいいのですか

私「(ご質問の意図は)どういうことですか?」

研「通常、決まりというかどちらをどこに配置するのですか」

私「法則などはありませんよ。どういう考え方かによって変わってきます」

+++

いまいち腑に落ちない表情の研修生に、
私の説明も不十分だったかな、と反省しつつ、一方では
たとえば一般的に「男性が手前、女性が奥」などとうたっている
”説”があれば、彼はそれを取り入れるのだろうか?
とふと考えた。

+++

そういえば、診断士養成課程が新制度になってから、実習を
するたびに市販のノウハウ本を持ち込む研修生が確実に増えた。

おそらくは、あまり勝手がわからない分野などでの実習に不安を覚え、
参考とするために買ったのだろうし、
(他班にはそのような本のコンテンツ丸写しの研修生もいたようだ)
大変な一次試験を筆記で合格してから大学校にくる、現在の研修生の
特徴でもある。

しかし、それこそが「落とし穴」だと自分は考えている。

落とし穴とは

「(現場を見ているはずなのに、実際は)現場を見ずして、一般論を適用してしまう」

という落とし穴だ。

+++

コンセプトを前面に押し出す店ほど、そのコンセプトの内容の
表現、ターゲットへの訴求ということを考えて売り場をつくることが
大切だ。
たとえば、ウェアの配置だって、外から店内を見たときに
男性物が多く見えるか、あるいは、女性物が多く見えるか、
またそれはどのようなデザインのものが、どの程度どのように陳列されているか
によっても店の印象も訴求も変わってくる。
それは、一概に「男性物、女性物がどうこう」ということはいえるわけがなく、
あくまでその店の戦略的思想から落とし込んで考えていかないといけない。
どのような人に、どのように買い物していただくか、それを設計するのが
店舗レイアウトの大切なポイントでもある。

何かを学びたい、スキルを身につけたい、と思うほど、
「これはこうやるものである」
という”答え”を求め、それを教わろうとしてしまう。

そういった意味で、自分はよく実習でいう。

「お決まりの答えなどは用意されていません。
それは、店によってそれぞれにあるものです。
だから現場をよく観察し、話を聞くことが重要です」

+++

今日、私に質問してくれた研修生に十分に意図を伝えることは
できなかったかもしれないが、これからの実習を通して、
そのような現場の視点を学ぶ機会が生かされることを願っている。

2008年10月02日

なぜひらがなにするの?

近年、特に市町村合併が盛んになったころによく見られた風潮だが、
地名をそれまでの漢字から、ひらがなに変える市町村が後を絶たない。

自分にとっては、ひらがなにすることは一種の、地域のアイデンティティーの
放棄に等しいのであろうと考えている。

地名の成立については詳しく知らないが、
それぞれの歴史や自然、文化や民族に起因するものが多いと考える。

また、漢字は読みだけではなく、その文字自体に意味を持つものであり、
すなわち、地名を音(おと)で読んだときの表面的な受け取り方だけではない
含意があるのではないか。
もちろん、たとえばアイヌ起源の地名など、音への当て字である場合があるにせよ、
そのような願意を含むものをひらがなにしたとたん、その含意や、
そこから派生する地域性というものへの想像は失われる。

たとえば、青森の奥入瀬は、深い森林の中をせせらぎが流れる情感
豊かな奥入瀬渓流が有名な観光地であるが、近隣の2町が合併して
「おいらせ町」が誕生した

「おいらせ町」を流れる奥入瀬川自体は渓流ではないので、いわゆる
奥入瀬のイメージとはちょっと違うといえるのだが、いずれにせよ
なぜ地名が 「奥入瀬町」ではいけなかったのだろう?

「奥入瀬」と「おいらせ」

私には、まったくもって別物に受け取れる。
ましてや、奥入瀬のことをまったく知らない人にとってはどうだろう。

おいらせ、ではなく、奥入瀬、だったら想像ができることもたくさんある。

+++

また、市町村合併などによる地名の変更は、そこにあるもの
をまったく放棄してしまうこともある。

一時物議をかもし、結局実現しなかった例としては

「南セントレア市」

などというものもあった。

「忍者市」「ゴジラ市」

にいたっては、まじめに考えた関係者には悪いが、
絶句どころか、絶望を感じた。

+++

元は漢字のひらがな地名を見るたびに私は
軽々しい印象を受け、がっかりする。

+++
このような「ひらがな」はなぜ使われるのか?

はっきりとした納得いく定義を、私は見たことがない。

「読み方が難しいから」
「あまり使われない漢字であるから」
「ソフトな感じになるから」
「合併時に合併する地域間で不平が出ないため」

などがあるのだろうと思う。

+++

しかし、読み方が難しかろうと、あまり使われていなかろうと、
イメージが堅かろうと、その地名には、その地名が示していた意味、
培われて来たものがあるのではないだろうか?

日本全国によく見られる
「○○谷戸」だって「○○新田」、「地獄谷」だって、
その地域性をあらわしている使命がある。

それを単に、上記の理由で放棄してよいのだろうか?
漢字が難しかろうと、それは調べたり学習すればよいだけだ。
「何でこの字を使うのだろう?」という疑問がわけば、そこから
新たな学習や、地域への理解が深まる。そこからその地域における
精神性の礎ができるかもしれない。

私だって、幼いころは東京都府中市で育ったが、

「府中」というのは、かつてここに「国府」があった、国の中心だった、
ということに自慢の種を見出していたし、地域性を感じていた。

安易なひらがな化は、子供たちへの文化の継承や新たな学習機会、
精神性の醸成機会、そして、その地域の”地域案内”機能を奪う。

安易な地名のひらがな化は決して望ましいことではない。

+++
自分は、安易なひらがな化に関しては、「言葉(国語)」に関する
重み付けの不十分さが起因していると考える。
さらに言えば、「言葉(国語)」の考え方は、文化だけでなく共同性に関する
倫理や道徳といったものにも関係するものだと考えている。
それは、漢字や言葉が、さまざまな歴史背景や思想のなかで
時間をかけて完成されていったものだからだ。

文学や読み物を読むときだって、使われている漢字がなぜ、そこで
使われているのか、表面的ではない含意やそこに隠れる事情を
そこから読み取るものだ。その「漢字」から含意や事情を読み取る力
があるからこそ、日本人は日本人の文化や思想性を持ち、表面的な
現象だけではないことを共通に理解しあってきた。
それが難しくなったというなら、それは地名や漢字のせいではなく、
教育の問題であって、地名をひらがなにしたところでなにも解決にならない。

+++

長い間培われてきた、あるいはその地域の誇りであった地名を
もっと大切にしたいものだと思う。
それは、いまの大人たちの事情だけではなく、子供たちに受け継いでいくもの、
子供たちに残していかなくてはならないもの、そして、国のために守る地域の
宝だからと考える今日この頃である。

 

 

 

2008年09月06日

若者はまちづくりの主権を奪う。ベテランは場を与える。これが大切。

最近、まちづくりの現場で、高齢者による高齢者のための
まちづくりに偏りがちな会合が多いと感じる。

地域を将来的に支え、子供を育てなくてはならない世代の
生活環境はあまり省みられない。

高齢の人は、人生経験豊かだ。だから、社会に資する物事を
知っている人も多い。一方で、それが弊害にもなる。

「自分たちがここまで社会を発展させたのだ」

と、これまでの人生の長さや経験の豊富さを権利の主張の根拠にする。
(まあ、巷で言われる”豊かな経験”とは何を指すのか曖昧だが。
比べる物事によって、高齢であるほど経験がないコトだって多い)

「若いやつらはどうせ外に出て行って、買い物も町でしない」

という。だから、彼らのための環境づくりなど不要だ、といわんばかりだ。
そもそも、そのような背景にはどのような理由があるのかは省みられない。

もし、若者が白地のキャンバスと高度経済成長を与えられたのであれば、
きっと彼らは自分たちのまちをそこに描くだろう。そして、まちの外ではなく
まちの中で生活するに違いない。そのときは高齢者が外に出るかもしれない。

若手の発言を頭から否定し、取り合わず、そして何も前に進まない。

まちづくりに熱心に取り組んで、靴の底を減らしている若手の男性が、
ある会合でアイデアを発言したことがある。
すると外部から来た人たちの目の前で、高齢のメンバーが
「バカモン!何を言っているか!」
とすぐさま怒鳴りつけた。
議論はそれから進展しなかった。代案の提案もなされなかったのだ。


自分は、ある会合で、あまりに若手の意見を聞こうとしないで
代案も出さず、自分たちの権利を主張する高齢の役員さんたちに、

「みなさん、もう辞めてください。お金だけ出してください。
若い人たちはここで仕事をして、子供を育て、高齢化の中で皆さんの年金や
社会を支えて生きて行かなくてはならないのです。
このままでは、このまちは皆さんの世代でなくなります。子供が故郷を失います」

というようなことを言ったことがある。
場はシーン、としてしまったが、中には
「その通りだね、もう、任せようよ」
と言ってくれる高齢の役員さんもいた。
時代背景や景色は違うにせよ、どの時代も若者は問題や苦労に直面し、
それを乗り越えようとしている。彼らが主役になれなくては、
彼らは負担ばかりを抱え込む。

もちろん、高齢のまちづくりメンバーが素敵なまちづくりをリードしている
まちや事例も多いのも事実としてあるし、高齢者のまちづくりへの参画は
これからも重要なことであるのに違いない。

++++

一方で、若者も問題を抱える。

世の中には下克上よろしく、年上の商店街役員を若手が
よってたかって辞めさせ、自分たちが主権を握ってまちづくりを進める
まちもある。

隣り合った商店街同士で、高齢者の役員同士がいがみ合っている中で、
双方の青年部はそんなしがらみなどどこ吹く風とばかりに、
協力し合って仕掛けていったまちづくりがうまく行っている事例もある。

人事のようにふるまったり、あきらめたり、背中に隠れたり、
個に埋もれている場合ではない。
自分たちで切りひらくよりは、作られた環境で育ってきた価値観に
居座るのではない。自分たちの地域の未来をちゃんと予想して、
そして描き、主体的に取り組んでいくためには
どうすればよいのかを考え行動しなくてはならない。

場が与えられないことを周囲や環境のせいにしてはいくのではなく、
そのような中で、いかにまちづくりの主権を奪えるかを考え、
行動できるのが若者としての資質でもあり、将来への責任でもある。

そして、そのような若者の資質や自我を高めるのは、
「場を与える、権限を与える」という先人たちの環境づくりが必要不可欠なのだ。

++++

シルバー民主主義という言葉がある。

増え続ける高齢者の選挙投票率が高く、若者の投票率が低い。
そうすると、人気取りでも高齢者政策を打ち出す候補が得票を伸ばす。
結果的に、社会を育てる生産年齢の若手の負担は増え、一方で
自分たちの将来が保証されない社会整備が今よりもいっそう進む。

しかし、これは若者にとっても、与えられている環境ではない。
自ら招いている環境であるということに、危機感が必要だ。

++++

「老いては子に従え」

という言葉がある。
老いたものは権利や権威の主張を控え、子に場を譲る。
子はよりよい環境づくりを主体的に責任を負いリードする。

しかし、まちづくりの現場はこの言葉には程遠いな、と感じることが多い。

 

 

 

2008年09月04日

尼崎に行ってきました。という尼崎ブランド。

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尼崎に行ってきました。
中心市街地活性化の取り組みのお話を、
市役所さん、会議所さん、TMOさんと支援アドバイザーにお聞きし、
まちを案内していただくのです。

尼崎市の取り組みでは、ソフトの取り組みが充実。
みなさんとても楽しそうに取り組まれています。

RIMG0187 RIMG0206

 
タイガースもまちをあげて応援体制。

「尼崎ブランド」の商品発掘や、商品づくりもなかなか目を見張るものが
あります。

TMOが制作したブランドを取り上げたガイドブックは480円にもかかわらず、
大手書店の店頭にも並び、第1版も即売。現在は第3版が店頭に並んでいるのだそう。

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TMO直営の尼崎ブランドショップでもガイドブックが売られている。

 

 RIMG0267
ワンダフルソース(とんかつ)

これも尼崎ブランドの人気商品。
実は、甲子園球場名物の焼きそばに使われている
ソースはこれ。
とんかつとウスター2種類を、7:3で混ぜるのだそうだ…。
値段は460円(だったと思う)
もともとは、業務用で一斗缶と一升瓶しかなかったところを、
メーカーに働きかけて家庭用サイズが実現した。

「新幹線で持ち帰るときは注意してくださいよ」
とTMOのかた。

「それ、いまどき珍しく木樽で作ってるんです。だから、
酵母が生きていて常温だと発酵が進んで

爆発します。まあ、 東京までなら大丈夫だと思いますけど

なに…!?
新幹線で爆発したら…「ワンダフル・ソース・テロ」に
なってしまう…車内に広がるどこか懐かしいソースの香り…。

JRにより

「新幹線には花火、大量のマッチ、火薬物、

ワンダフルソース持ち込み禁止

にならぬことを切に願う。

(ちなみに、川崎まで常温で持ち帰ってもぜんぜん大丈夫でした!)

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こんなのも、尼崎ブランド。全国シェア80%。

RIMG0274
じつは、湯たんぽ。3200円(ちと高い)。

通常の湯たんぽよりもふた周りくらい小さいミニサイズ。
夏場、クーラーで手足が冷えてしまう女性にも使いやすいサイズ。
IHクッキングヒーターでも暖められるように作り方が工夫されている
だけではなく、気密性も高く湯が漏れない。
なおかつ、注ぎ口は大きいのでお湯も入れやすく、かわいらしい
カバーも同梱されているので包んで使える。そのカバーは半分
折り返せるので、湯を入れるときにすべてをとる必要はない親切設計。

手に持ってみると、しっかりとしたつくりだというのがすぐわかる。
そして、湯たんぽは環境にもやさしい暖房器具でもあるのだ。
カラーバリエーションも数種類あるのだが、
残念ながらタイガースカラーはなかった。せっかくだから、タイガース
カラーがほしかったのだが。


いやはや、使ってみるのが楽しみでなりませんぞ…♪

しかし待てよ…。

しまった!

まだ夏だった。しばらく使えないじゃん。
しかも自分は暑がりの汗っかき。

ということで、この湯たんぽは早速、冷え性の家内の
ものとなりました。

マイ・湯たんぽ…(未練)

ほかにもいろいろと尼崎に由緒ある商品があり、そのどれもに
遊び心を感じさせ、見ているだけでも楽しい時間でした。

ブランドショップで買い物をすると、

RIMG0263
こんな袋に入れてもらえます。
これも、「尼崎」を前面に押し出して遊び心を感じさせる
紙袋。

RIMG0254 反対面。

 

ちょっとまてよ…何か違和感が…

 

RIMG0257 
ノ、ノリツッコミですか…!?
これぞ尼崎ブランド。

 

「ここまで来たら、底にも

”ソコがオチやねん(物は落ちません)”と書いたらどうですか?」

と提案してきました!

 


 

 

 

2008年09月03日

やめられないこと

今日は中心市街地活性化のお仕事で和歌山県田辺市に行ってきました。
今は、大阪の天満橋のホテルからこれを投稿しています。

先週は奈良市、今週は福島県の二本松市にも行ってきました。

さて、今日のことなのですが、大阪のまちを仕事仲間と移動中、
タイガースの話題になりました。
さすが大阪、大阪出身の仲間は根っからの猛虎ファンです。
その話の途中で、自分は巨人ファンだといいました。

本当は巨人の試合など、ここしばらくは見ていないのですが
それでも巨人ファンは辞められません。

+++

小学校の5年生ごろだったでしょうか。
友人と二人で、後楽園球場に巨人対大洋ホエールズ(現横浜)
を見に行きました。
試合は中盤、4-0で巨人が優勢。

外野席。大声を張り上げて巨人を応援する私と友人のメガホンが、
突然後ろから取り上げられました。

今もありありと思い出します。

驚いて振り向いた私が見ると、大洋ホエールズ(現横浜)のヘルメットをかぶって、
メガネをかけた陰気そうな中年男性が、小学生の私たちをにらみつけながら
「これ、いらないよね」
といって、背番号シールをたくさん貼ったメガホンを二つ、もって行ってしまったのです。

そのメガホンは、私にとってはとても大切なものでした。
年に数日休みがあるかないかの自営業者の父、めったにものを買ってくれなかった父が、
私を巨人戦のナイターに連れて行ってくれたときに買ってもらったメガホンだったからです。

メガホンを取り上げられて驚いた私たちがちょっとして追いかけると、
大洋ホエールズ(現横浜)のヘルメットをかぶった男性は、物陰で思いっきり、
その二つのメガホンを踏みつけてつぶしている最中でした。

バキ、バキッと、メガホンは潰れました。
何度も、何度も踏みつけられるたびにそのメガホンはふくらみを失い、
平べったくなっていきました。

私は悔しい気持ちもありましたが、むしろ、大切なメガホンがつぶされたことが
悲しくて、元いた場所に戻るや否や
大泣きしてしまいました。
あのメガホンを買ってもらったときのことは、とてもうれしくてよく憶えていました。
そのシーンが、頭を幾度もよぎったのです。

すると、そばにいた後楽園の守衛さんや、巨人ファンの若い男性が数人、
私たちのところにき
てくれました。

「どうしたの?何かあったの?」

私は、まだ付近をうろついていた男性を指差して、しゃくりあげながら
事の顛末を説明しました。
大洋ホエールズファンの彼は、もうメガホンを始末したのでしょう、
なにも持たずにじっと試合を見ていました。

泣き続ける私を見て、後楽園球場の守衛さんと巨人ファンの若いお兄さんが
不憫に思い、
「こっちにおいで」
といってくれました。

ついていった先は、球場の売店。

「メガホンを買ってあげるよ、どれかな?」

守衛さんが言って、500円のメガホンを買ってくれました。

「背番号シール、買ってあげるよ」

若いお兄さんが言って、シールを買ってくれました。

悲しい気持ちに沈んでいた私は、うれしくて、あんなに悔しくて
悲しかった気持ちがとても救われる気がして、また泣き出しました。
父に買ってもらった大切なメガホンと同じくらい、
うれしい、やさしさにあふれたメガホンを手にしたからです。

「ありがとうございます」

と、お礼を言いました。

 

それ以来、どんなに巨人の仕事やメンバー構成に納得が行かなくても、
巨人ファンを辞められません。

一方で、大洋ホエールズの後身である横浜ベイスターズを見るのは
気が進みません(選手や球団の責任ではないのだけれども)

そして、自分も、ああいうやさしい人になりたい、と、ことあるごとに
思い出します。

些細なことかもしれないけれど、ある物事で傷ついたり、 落ち込んだりしている
人の境遇を理解し、そして、手を差し伸べること。
それがどんなにありがたいことか。

逆に、弱いものから大切なものを取り上げ、それを踏みつける悪意。
それがどんなに醜いものか。

このエピソードを、猛虎ファンの仕事仲間にしました。

「東京の人って、もっと冷たいと思っていたでしょう?」
と私が聞くと
「本当に、そんなことないんやねえ。それはいい話やわ」
と彼は言いました。

幼かったとある日の、アナログな思い出がいとおしく思える昨今です。

 

 

 

2008年08月06日

中心市街地活性化のお仕事

はいさいはいさい。
暑いですね。

あっという間に過ぎた6、7月も、中活やまちづくりのお仕事に
どっぷりつかっておりました。

6月に中活の取り組みについてお話を聞きに行ったのは、
盛岡市、秋田市、鶴岡市。

7月は八戸市、久慈市、和歌山県田辺市、奈良市、那覇市、沖縄市。

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↑奈良市の昔ながらの蔵を生かした飲食店(中活とは無関係)
奈良市では、商店街にある印刷工場跡を劇場にしよう、
という夢のある事業があります。

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↑那覇市牧志の商店街。色鮮やか。那覇市はただいま基本計画作成中。

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↑沖縄市のパークアベニュー。
10時くらいに訪れて
「空き店舗おおいな~」といったら、
「ここら辺のお店は遅くあくんです!」
と怒られた。ウチナータイムを忘れてはならない。

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↑田辺市の銀座商店街。商店街に面した古い趣ある
医院跡(右の写真)に合わせて商店街はファサード整備してある。
中活では、医院跡を再利用する事業が練られている。

+++
それぞれの地域が、地域環境の中で色々とアイデアを出し、
資源を活かそうとされておりなかなか良い刺激を受けました。

中活以外には高松の商店街再開発の視察、
千葉県での商店街診断の打ち合わせや、
佐賀県唐津市へ商業事例の調査に、中小企業大学校の
商店街診断テキスト作成の検討会などに行っておりました。

独立以来、ずっとまちづくりの仕事がしたかった自分としては、
なんとも楽しい日々であります。

+++

中活の取り組みを聞きにいきつつ感じることがあります。

それは、どの地域も「協議会」がいかに動くか、
がまちづくりの実効性にとってキーであると言うことです。
逆に言うと、その部分が一番大きな課題です。

実際、全国に100以上の協議会がすでに設立され、
基本計画認定も、7次認定だけで20箇所以上が認定されるなど、
いよいよ中活の取り組みは本格化してきています。

しかし、実感としては、協議会が動いていない地域が多いのかな、
と感じます。
というのも、協議会の設立がまちづくりにとっての司令塔的な機能を
担うという位置づけよりも、
「中活認定獲得のための要件クリアのための設立」
となっているケースがままあるからです。

なので、協議会が機能本位ではなく、
名士が並び、縦割り委員会が並ぶような”委員会型”組織体系となっていて、
事業の実施以前に協議会が開催されることが少ないこともあります。

昨年お邪魔していた豊田市などの協議会はTCCMという、
英国のTCMの機能を意識し、豊田市の地域に合わせた形での
機能を構築しつつあり、協議会とまちづくり事業の実効性を高めると
言う意味からもとても目を見張るべき事例がありますが、これは
ごく一部の地域。

個人的には、協議会の実施事業に対してタウンマネージャーを中心に
明確なプロジェクト型組織体系とマネジメント体制をとるような方法が
実効性が上がるものだと考えています。

これから中活に取り組もう、あるいは、今取り組んでいるけど、
イマイチ、機動的な取り組みが出来ない、という場合は、ぜひ、
協議会を機能的に動かせる体型作りを見直す必要があると思います。


 

 

グーグルのストリートビュー

日本版でも始まったグーグルのストリートビュー。

ためしに、と思ってみたら…

googlemap

見事に我が家もバッチリ写っていました。
ロードスターつきで…

いつの間に、グーグルの車が録画しにきていたんだろう?

しかし、便利な反面、怖いなあ… 

2008年07月02日

モバイルサイト構築セミナー in 千葉

昨日は、診断士仲間の伊東寛記さんとともに、
千葉県産業振興センターの「モバイルサイト構築セミナー」を
「きぼーる」でしてきました。

これは、3回のセミナーで、モバイルサイトを実際に構築
してみるという、有料の実践型のセミナー。

参加者は老若男女、20名ほどで、序盤から積極的な
発言や質問が。皆さん、参加の動機はさまざまといえど、
モバイルサイト構築の必要性を日々の御仕事や生活から
的確に感じ取っているようです。

5時間のセミナー終了後も、質問に来てくださる方が何人もおりました。

「PCのサイトと、モバイルサイトは、どのような違いがあるのですか」

これは技術的なことではなく、戦略的な活かし方への質問でした。
なかなか重要な質問でしたので、丁寧にお答えしました。

あと2回。参加者の皆さんが、どのようなサイトを構築していくのか、
それを支援できるのか、楽しみです。

 

2008年06月15日

ゆれた東北訪問 3 久慈市「やませ土風館」そして、帰宅できるか?

前日、午前様となり、宿に帰ったとたんにバタンキューと
寝入ってしまった。

翌朝は10時25分の在来線に乗って、岩手県の久慈市まで
南下する。

朝8時過ぎに寝坊して起床。

身支度を整えつつ、ベッドに腰掛けてニュースを見ていた。

すると…

グワングワン…なんだかゆれている。

「ひどい二日酔い?」

と思う間もなく、揺ればすぐに大きくなった。
テレビが「ピンロンピンロン」とアラームを出して
”緊急地震速報 大きなゆれに注意してください”
と字幕を出している。もう、すでにゆれているのだが。
震源地付近で震度6強を観測した岩手・宮城地震の瞬間だった。

地震はずいぶん長い間続いた。
とはいえ、八戸市は震度4なので、早々切迫した
感じではなかったのだが、テレビはすぐに速報ニュースに
切り替わった。
岩手と宮城の県境で震度6強。

最初のゆれから20分ほどして、また
「緊急地震速報」が流れ、大きいゆれに注意するむね
呼びかけている。
特にそれに関しては大きな揺れはなかったのだが、
これはまずいかな、と脳裏によぎった。

新幹線だけでなく、在来線も軒並みストップだ。
復旧は16時だという。
しかし、久慈に行く八戸線はほぼ定時どおり運行していた。

SANY0221 SANY0222
1時間半、リアスの三陸海岸沿いを南下する。
内陸地震でもあり、津波の心配はなかった。

SANY0225
八戸~久慈を結ぶ2両編成の「うみねこ号」(左)
右は宮古まで南下する、三陸鉄道。

SANY0226
久慈駅前 

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駅前商店街 きれいに舗装されている

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7分ほど歩くと道の駅「やませ土風館」がある。
レトロ広場という90メートルの出店がある通路。
入り口はかつてのガソリンスタンドの屋根が残っている。

 

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ここは琥珀や陶器、産直などの久慈の地場の物販や飲食店をようする「土の館」と、
山車の展示や久慈の紹介をしている「風の館」2館がある。

まずは、レストランで腹ごしらえ。
久慈の地場産品を材料とした料理を食べさせてくれる。

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短角牛のハンバーグ130グラム1300円。

メニューは海鮮などもあるが、海鮮は八戸で十分食べたので、
ハンバーグを頼む。

値段は少々張るが、やわらかくジューシーな味はとてもよい。
デミグラスソースは葡萄の風味が残っているが、
久慈は葡萄の産地でもあるから、これも地場のものを使って丁寧に
作っているのだろう。

ただ、店内はあまり広くないのがちょっと気になった。

RIMG0083 山車の展示は迫力あり。

RIMG0091
物販店の上にある「レトロ館」は有料だが、
昭和の町並みの再現と、おもちゃのコレクション展示が
なかなか面白い。個人のコレクターの協力を得ているという。

入り口には駄菓子屋さんなんかもあって、店内に入ると
店員さんが「こんにちは!」と挨拶してくれる。

一通り館内を見た後、土の館を運営するまちづくり会社の
方、会議所の方などと会議室で運営に関して教えていただいた。

「いや、よくこられましたね、てっきり今日は無理かと思って、
資料用意してなかった」

とニッコリ。

聞けば、地震の影響で県南部の電車がことごとく止まっている
だけでなく、久慈市でも電話が不通となっていて、市は災害対策
本部を設置している状況なのだそうだ。

++
お話を聞いているうちに
関係者の道の駅への改善意欲や、まちづくりへの前向きさを
ヒシヒシと感じてくる。とても真摯で情熱的で、なによりも大変なことに
対して楽しそうに語る前向きさを感じた。
自分も老婆心ながら、いくつか意見をお伝えした。

ちゃっかりと道の駅の人気メニューのぜんざいもいただいた。

SANY0228 
甘すぎず、しかし小豆が濃厚でなかなかウマイ。

++

帰りは3時25分のバス「スワロー号」で、久慈から二戸に出て、
そこから新幹線「はやて」に乗る予定。

しかし、当初16時の見込みだった復旧予定が、18時に延びている。

とりあえず、バケツをひっくり返したような雨の中、
久地駅からバスに乗った。

途中で天候も回復。まばゆい新緑が広がっていた。

SANY0237

70分ほどで、二戸駅に到着。

相変わらず新幹線の復旧のめどが立っていない。

予約してある新幹線が運休にならない保障もないし、
そもそも何時にくるか判らない。

とりあえず、二戸では宿も時間をつぶす場所もないに
等しいので、在来線「いわて銀河鉄道」で70分かけて盛岡に出よう。

仙台から東京の新幹線は本数が少ないようだが復旧している。
盛岡から仙台まではバスもある。
それに、盛岡には宿もたくさんある。

銀河鉄道のホームは、20人ほどの人が電車を待っていた。

SANY0245 二戸駅

牧歌的な山間の風景の中、ローカル線で盛岡に向かう途中、
ひっきりなしに携帯で情報を収集する。

PHSのアドエスは、やはり電波が入らない。

途中、新幹線の運行情報が変わった。

「本日の運転再開の見込みは立っていません」

+++

盛岡駅のみどりの窓口はごった返している。

181314062008

どうやら、仙台までのバスでの振り替え輸送をしているらしい。

とはいえ、ここから時間をかけて仙台に戻ったところで、
新幹線に乗れるかどうかの保障があるわけではない。

多くの人が仙台に押し寄せるのだから、宿だってわからない。
遅くに新幹線に乗れたとして、東京についてからはどうなるだろう。

そして、運行情報がまた更新された。

「本日の新幹線の運転見合わせ」

この時点で、自分は帰宅をあきらめた。 

秋田県の横手氏に住む友人と連絡を取り、
その友人と久々の再会をすることにしたのだった。

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それにしても、さすがに疲れました。。。
自然災害は、その直接的被害以外にもたくさんの間接的な
問題をもたらすこと、インフラへのダメージの大きさを
改めて再認識させられました…。

ゆれた東北訪問 その2 八戸市中心市街地

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13時より、八戸市商工会議所で中小機構による
中心市街地活性化サポート事業があり、
金沢の商業施設「プレーゴ」の立ち上げから運営にかかわっている
高本さんの講演を聞く。

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高本さん。コンテンツだけでなくなかなか話術も巧みで
時間があっという間に過ぎてしまった。

そ の後、高本さんとともに商工会議所のかたに
中心市街地を歩き回って案内していただいた。

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ビルとビルにできていた空地を利用した
屋台村「みろく横丁」。
チャレンジショップとしての意味もあるが、
出店者の工夫や食べ物もなかなかよい。

RIMG0044 昼はほとんどのお店は閉まっているが

夜は…

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にぎやかな路地へと変化する。

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左 さめの刺身 右 イカ墨焼酎

 

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みろく横丁をはじめ、ビルトビルの間の路地が多いのが
八戸の特徴。

 

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商業施設チーノ。かつてヨーカドーが出店していたが、
撤退後に市民が出資するなどして映画館を作った。

この後、商工会議所に戻り会議を行った後、
懇親会に参加。
会議所の方、高本さん、中小機構関係者などとともに
熱く意見を語り合う。

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重要文化財の建物を使った飲食店。

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海のミルク、岩ガキ。でかい。ちゃんと塩気を抜いてあった。

この後、みろく横丁で夜中まで盛り上がったのでした。

そして、翌朝…